おはようございます。はりきゅう速水です。
最近、訪問先で患者さんとお話をしていて、ふと考えたことがあります。
その患者さんは、何か困ったことがあると「もう年だから仕方ない」と、あきらめてしまうようなところがあります。例えば、洗濯機からいつもと違う音がしても、「もう年だから、分からないし、新しいのを買おう」と考えてしまう。
もちろん、本当に故障していて買い替えが必要なこともあります。ただ、説明書を見たり、誰かに聞いたり、原因を調べてみたりすれば、何か対応できることがあるかもしれません。
「年だから仕方ない」と、やる前からあきらめてしまうのは、少しもったいないのではないかなと思いました。
そこで今回は、この「年だから仕方ない」という気持ちを、東洋医学の視点から少し考えてみたいと思います。
●「年だから仕方ない」を東洋医学で考えると
東洋医学では、「腎」は成長や発育だけでなく、年齢を重ねていくこととも深く関係すると考えます。
年齢を重ねる
↓
腎の働きが少しずつ衰えていく
↓
「腎虚」という状態として捉える
↓
腎と関係の深い「恐れ・不安」
↓
「失敗したらどうしよう」「もう無理かもしれない」
↓
やってみる前に諦めてしまう
このような流れで考えてみると、「年だから仕方ない」という気持ちも、東洋医学の「腎」という考え方から見ることができるのではないかと思います。もちろん、これは東洋医学の考え方から見た一つの仮説です。
「年だから諦める=腎虚」という単純なものではありません。体調や生活環境、これまでの経験など、さまざまなことが関係していると思います。
●年をとることは、悪い事ではない
ここは大切なところです。年齢を重ねれば、若い頃と同じようにできないことが増えていくのは自然なことです。
体力が落ちたり、覚えるのに時間がかかったり、今まで簡単にできていたことが難しくなったりすることもあります。それを無理に「まだまだできる」と頑張りすぎる必要もありません。できないことは、人に頼っていい。できることは、自分でやってみる。
そのバランスが大切なのだと思います。「年だから仕方ない」と思ったときも、すぐに諦めるのではなく、
「今の自分にできることは何だろう?」と、一度考えてみる。
それだけでも、少し違うのかもしれません。
●年齢を重ねるにあたっての養生
東洋医学では、年齢を重ねることと関係の深い「腎」を大切にすることも養生の一つと考えます。特別なことをする必要はありません。
まずは、
・足腰を冷やさない
・適度に体を動かす
・疲れたときにはしっかり休む
・睡眠を大切にする
といった、毎日の生活を大切にすること。こうした積み重ねも、体をいたわる養生になります。
●つぼを使った養生(一例)
太谿(たいけい)というつぼ
内くるぶしとアキレス腱の間にあるツボで、東洋医学では「腎」と関係の深いツボとされています。強く押す必要はありません。指で軽く触れたり、温めたりする程度でも十分です。お灸を使う場合も、熱さを我慢する必要はありません。「気持ちいいな」と感じる程度で、無理なく行うことが大切です。
●「できること」を少しずつ
年齢を重ねると、できなくなることもあります。でも、その一方で、長く生きてきたからこそ分かることや、できるようになったこともたくさんあるはずです。
以前と同じことをする必要はありません。今の自分にできることを探してみる。分からなければ誰かに聞いてみる。できなければ、人の力を借りる。そして、できることは少しずつ続けてみる。
それでいいのではないでしょうか。
私自身も、年齢を重ねる中で「もう年だから」と思ってしまうことがあります。だからこそ、患者さんとの会話をきっかけに、
「年だから仕方ない」で終わらせるのではなく、「じゃあ、今できることは何だろう?」
と考えることを、自分自身も大切にしたいと思いました。年齢を重ねることは、誰にも止めることはできません。だからこそ、無理をせず、できることを少しずつ。それも一つの養生なのかもしれません。
「参考文献」
東洋医学概論 教科書執筆小委員会 著 医道の日本社